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フレア文庫 2

  とある講演会の中で、「すべてに答えを示す必要はないと思う。学校教育でもそれは同じで、投げかけたままで考えさせるテーマがあっても良いと思う。」という発言があった。同感である。答えを押し付けることにもなるし、同じ答えを持っていないといけない、などとおかしな理解をしてしまうことがある。

 こんなことを思い出してしまった。高校の国語の授業でのこと。自分の想い、考えをうまく表現できなかった私が意を決して発言したことがあった。他の授業ではともかく国語の授業での出来事。「伊豆の踊り子」のある場面の解釈について問われたのである。自分はこう感じた、思った。といったことに対し、「それは違う」といわれたことがあった。先生はそこに”解”を持っていきたくなかったらしい。今思うと、この事件以来、こういった感情というのか感想を言わない青春時代を送ったような気がする。

 どんな感想を持ったっていいじゃない!?それがひどく他人を傷つけるようなことでなければ、それもアリじゃないのかなあ。

 フレアはそれを期待しているのかもしれないと、自分の経験、講演の内容を振り返って強く思うようになった。いいことだけじゃない、醜いことも、残酷にも読み取れる内容も正面から書いてある物語で、さあ、どう思う?どうする?どうしたい?と、何処からか優しく、怪しく囁く声が聞こえてくるような......

 すぐ答えなんて出ないだろうし、出さなくてもいいんだろうけど、いつかはデジャブのように目の前に現れるのだろうけど......。。。それまではしばらく秘密の箱に置いでおくんだろうけど。

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フレア文庫

 フレア文庫なるものを紹介された。「良い本ですから読んで見て下さい」と手渡された1冊の文庫本に始まりで、全6冊。皆さんよくご存知の川端康成の「万葉姉妹/こまどり温泉」。冨永明夫の「赤毛のリス」。W・デ・ラ・メアの「なぞ物語」(野上彰 訳)。イングランドの童話など、読んだことがあるかもしれない、どうだったかな?といった作品である。

 1冊、1冊と読み終えるたびに、何か、心になんとも云い難い、不安でもない、期待でもない、何かが残ってしまう。どうしていいのか、どうにかしたいという心の揺れに気がつかされ、しばし落ち着かない。なぜだろうと思いながらも次の1冊へ。もちろん、作者も国も違う、このフレア文庫。どうして?

 ポーーンと投げられた不思議玉を受け取ってしまった.....そんな読者へ、自分へ、「この後は、貴方自身が考えるのよ!!」と耳元で囁かれたような気がした。

 「良い本」の意味がここにあったような気がした。  続きはまた後日。

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